2017年9月20日水曜日

ネグロスで聴くユーミン


昨日の投稿でアップしたオフィレニア5人姉妹のイラスト。このシリーズとしては、マニラ・ガール以来となる気合の入れようで、2週間以上も、生活のかなりの時間をイラスト描きに費やしました。勤め人だった頃を思い出すほどの勢い。

勤め人と言っても、営業や事務ではなくデザイン職。40歳過ぎても管理職になるでもなく、28年間ずっとデザインの現場にいました。プレゼンテーションやミーティングを除けば、結構地味で孤独な作業が多い仕事。なので、アイデア発想やスケッチ、図面を描く時は、ヘッドフォンで音楽。企業内でもこれが許されるのは、デザイン職能の良さだったのかも。

考えてみれば、芸大でデザインの勉強してた頃から、このスタイルでした。1980年代当時は、スマホもiPodもなく、ウォークマンが出始めた時期。多分私たちが、最初にヘッドフォン付けて街を歩いた世代。難聴になるとか脳に良くないとか、いろいろ言われましたね。



愛用していたウォークマン(赤)
出典:The Walkman Archive

久しぶりにガッツリ作業で、朝から作業用に流していたのが、他でもないユーミンの曲。おそらくネグロス島内で現在ユーミン聴いてるのは、私一人じゃないかと思います。

実は私、中学生の頃からのユーミンファン。初めてお小遣いで買ったLPレコード(CDじゃないですよ!)が、デビューアルバムの「ひこうき雲」。意識して聴き始めたのは「あの日に帰りたい」や「ルージュの伝言」がヒットしてからなので、1975年頃から。

そんな草創期からのファンなので、いまだにユーミンというと私にとっては、松任谷ではなく、荒井由美さんの方がしっくりきます。レコードはあんまり針を落とすと傷むからと、カセットテープにダビングしてテープが擦り切れるまで聴いたのは、「ひこうき雲」「ミスリム」「コバルト・アワー」「ユーミンブランド」「14番目の月」辺りまで。

その後、レコードからCDの時代に移っても、アルバムは買い続けました。でも一番多感な時期を過ぎたせいか、全曲の歌詞を暗記するような聴き方はしなくなり、1987年の「ダイアモンドダストが消えぬまに」で、一旦ユーミンの音楽を卒業。

それでも、約15年間のアルバム20枚186曲。プレイリストにすると13時間を超えるボリューム。オイルショックからバブルまで、私にとっては中学生から社会人になるまでの、まさに青春時代のBGM。

作業に熱中すると、音楽の存在は忘れるものの、ちょっと一段落ついた瞬間にかかっている曲で、昔のことを思い出してしまいます。ユーミンは、ほとんど全部が恋愛の歌。やっぱり目に浮かぶのは、中学や高校で片思いだった子や、大学で付き合っていた子、さらには別れたしまった女性のこと。いろいろありましたね。

特に80年代後半の頃は、CMや「オレたちひょうきん族」のエンディングテーマに使われていた曲があって、私にとっては、まさにバブルを代表するサウンド。一緒にスキーに行った、人事部の女の子とか、今頃どうしてるかなぁ。

それにしてもこの時代には、電話や手紙がとっても大事な恋愛アイテム。ガラケー時代すら過去になり、今ではLINEやSNSがコミュニケーションの主流。私が知らないだけで、ラブソングの歌詞もそちらにシフトしてると思います。今の高校生が荒井由美の歌を聴いたら、どんな風に感じるんでしょう。(と書いてから思い出しましたが、「やさしさに包まれたなら」や「ひこうき雲」はジブリ映画に使われてましたね。)

今日はフィリピンとはあまり関係のない、ユーミンの思い出話でした。


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