2017年8月30日水曜日

私的フィリピン美女図鑑 タクロバンの薔薇

今週のフィリピン美女図鑑です。
今日のお題は「タクロバンの薔薇」。これだけ聞いてピンと来た方は、かなりのフィリピン通。タクロバンとは、ここネグロスの東に位置するレイテ島の中心都市。現在の人口は20万を超え、古くから漁業で栄えたそうです。

タクロバンの名前は、つい最近、2013年にフィリピン中部を襲ったスーパー台風「ヨランダ」の被害で、日本でもかなり大々的に報道されました。レイテ島以外も多くの島が被災したこの台風。とりわけこの街は、竜巻並みの強風と、津波のような高潮の直撃を受けて、市街地は、文字通り壊滅的な状況に。

そんな有難くないことで名が知れてしまったタクロバン、実はフィリピン史上最も有名な美女が育った場所でもあります。1938年(昭和13年)、父の実家があるこの地に引っ越してきた、当時8歳の少女イメルダ。後の大統領夫人となるイメルダ・マルコスです。

彼女は、以後14年間、思春期をタクロバンで過ごしました。生活はかなり厳しく、母の形見の品まで売り払ったんだとか。22歳で生まれ故郷のマニラに戻った彼女は、銀行の秘書として働き、大学で声楽を学ぶ傍ら、数々のミス・コンテストに出場。「タクロバンの薔薇」とは、コンテストでイメルダに与えられた称号の一つ。

今でこそイメルダ夫人というと、見る影もなく太り、ファーストレディになってからの悪行のせいで、強欲・傲慢のイメージが定着してしまいました。ところが20代のイメルダの写真をネットで見てびっくり。ただの美人ではなく、清楚で知的。しかも強い意志も感じさせる、実に魅力的な女性だったんですね。

この美貌で歌がプロレベルですから、マルコスをして「妻のおかげで、少なくとも100万票は上乗せできた」と言わしめたのも分かります。大統領就任演説に押しかけた群衆は、マルコスのスピーチではなく、イメルダの歌が目的だったと言われるほど。

ということで、どこまでそれが表現できたか、甚だ心もとないですが、イラストにしてみました。背景はシンプルに、薔薇と、彼女が20年間住んだマラカニアン宮殿です。


それにしても、イメルダ女史の経歴には驚きます。1986年の革命で失脚し、夫マルコスと共にアメリカに亡命後、1991年に帰国。その翌年、大統領選挙に出馬。さすがに落選したものの、2010年には下院議員に当選。すでに3選を果たし、88歳の今も現役の政治家なんですよ。すごい女性ですね。


過去の「私的フィリピン美女図鑑」は、こちら。

2017年


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