2017年5月26日金曜日

戒厳令の悪夢


この投稿の執筆時点から三日前(2017年5月23日)、フィリピンのミンダナオ島とその周辺の島々に戒厳令が出されました。島の中心部からやや北西に位置する、人口20万のマラウィ市で、イスラム勢力のISとフィリピン国軍による大規模な武力衝突があり、ドゥテルテ大統領は、訪問中だったロシアから急遽帰国。

戒厳令というと、50代以上のフィリピン人には、まさに悪夢以外の何物でもないでしょう。1965年に大統領に就任した、悪名高いフェルディナンド・マルコスが、暴動やテロを理由に1973年にフィリピン全土に戒厳令を布告。憲法を停止し、国民の権利を著しく制限。20年に及ぶ自身の独裁政権を強化しました。

この忌まわしい記憶が、いまだにフィリピンの人々の脳裏に刻まれているのは当然で、野党からはドゥテルテ大統領の決断に対して、根強い反対があるのも心情的には理解できます。しかしながら現在の状況を見ると、マラウィでは戦闘が続き、死亡したISのメンバーにはフィリピン国外からのテロリストもいたとのこと。この情報が正しければ、ドゥテルテ大統領の言うように、もはや国内の騒乱に止まらず、他国からの侵略と判断し、戒厳令もやむを得ないところ。

一方でフィリピンに住む一個人の感覚では、これはテレビやネット越しに傍観しているどころの話ではありません。今すぐ自宅の近くでドンパチが始まるというわけではないものの、つい最近、なんと私たちの住むシライ市内で、アブサヤフのメンバーとされる3人が、爆弾と拳銃の不法所持で逮捕される事件があったばかり。

またミンダナオとシライ市のあるネグロス島は、対岸の位置関係で、マニラ首都圏に比べると至近距離。やはり家族との生活を考えると、冷静になるは難しい。実は一見平和に見えるネグロス島も、1980年代には、極度の貧困から多くの若者が共産ゲリラ(NPA:新人民軍)に身を投じ、山岳地帯の一部が内戦状態になったこともあります。

今回の戒厳令は、60日間限定とのことですが、すでにドゥテルテ大統領は、延長して1年間となることや、全土への拡大の可能性に言及。もしネグロスも戒厳令下に入るとなれば、日本人の私にはまったく未知の状況で、具体的に何が起こるのか、まったく予想不可能。

今のところ、ショッピングモールはいつもの通りの人出で、6月からの新学期に備えて、通学カバンの大売り出しが最盛期。息子の小学校では新しい教科書の配布や授業料の受付など、例年となんの変わりもなく、市民の生活は続いています。この平穏な暮らしが、この先もずっと続くことを、切に願わずにはいられません。


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